大凧合戦

今年度の見附市今町・長岡市中之島町の大凧合戦がコロナ禍の影響により中止になりました。

本来なら、6月5・6・7日に開催予定でした。

これで、2年連続の中止です。

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「越後今町男の盛り、凧のいくさは意気でやる」と凧民謡で唄われている「見附今町・長岡中之島大凧合戦」は、守門・弥彦山が眺望できる刈谷田川両岸において、6月の第1土曜日から3日間、見附市今町・長岡市中之島の若人により繰り広げられます。
 刈谷田川をはさんで両岸から絡め合う六角の大凧は、かつては美濃紙100枚を張り合わせたことから「百枚張」と呼ばれており、縦4.3メートル、横3.3メートル、畳約8枚分にもなります。
 現在の凧合戦は、武者絵や美人画のほかにも様々な絵柄や色彩を用いた大凧が大空狭しと駆け巡り、その壮大さと優美さでますます盛況さを増してきています。
 ひとたび凧が絡み合えば合戦開始。どちらか一方の凧糸が切れるまで力の限りを尽くして引っ張り合い、激しい空中戦が展開される、全国でも数少ない凧合戦の1つです。

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大凧合戦の起源
 起源について詳しい文献は残っていませんが、信濃(現在の長野県)の紙商人が、たまたま端午の節句に今町へ立ち寄った際、刈谷田川堤防上で大凧を作り、打ち上げたのが始まりと言われています。今から300年以上も前のことです。
 現在の大凧合戦の形態となったのは、江戸時代の天明3年(1783年)より、刈谷田川改修の堤防を踏み固めるために行って以来、年中行事として今に至ると伝えられています。

 

2年連続での中止は非常に残念な事ですが、コロナ感染防止対策としての中止なので、仕方がないと思います。

来年こそは、開催される事を願います。

 

今日の一日が、皆さんにとりまして、最良の日となりますように。